神奈川県知事である黒岩祐治さんですが、若い頃はフジテレビに務めていました。
特に若い方は”え?そうなの?”と知らなかった人も多いのではないでしょうか?
そこで今回は黒岩祐治知事の若い頃の画像をまとめました。知事になるまでをざっくり振り返ってみます!
【画像】黒岩祐治の若い頃まとめ!誠実さがすごかった
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黒岩祐治さんは1980年(25歳頃)にフジテレビに入社しています。入社後は記者やディレクターを担当ののち、キャスターになっています。
今回はメディアへの出演が増えたと思われる、キャスター時代以降の黒岩祐治さんをまとめてみました。
”FNNスーパータイム”時代
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黒岩祐治さんは1988年(33歳頃)、「FNNスーパータイム」のキャスターを担当しました。
髪型に時代を感じますが、30代ですので若々しいですね。
”緊急医療にメス”時代
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翌年の1889年には、自身で企画や取材、編集をした特集「緊急医療にメス」を担当しました。
キャスター以前に記者やディレクターをしていた経験を活かした番組で、黒岩祐治さんならではの要素が詰まっていたんだそうです。
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当時は救急車の中は医療行為ができず、患者を運ぶこと以外は禁止されていました。
この事実を知った黒岩祐治さんは、医療行為ができるように取材や特集を組み、医療行為が行えるように尽力しました。
討論を行うキャンペーン番組は2年間で100回を超えたんだとか。
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現在は救急救命士という資格があります。きっと黒岩祐治さんの番組が制度実現に大きく影響したのでしょう。
若い頃から強い使命感と誠実さが黒岩祐治さんにはあったんですね。
”報道2001”時代
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1992年(37歳頃)以降は「報道2001」で初代メインキャスターを担当します。
1997年まで務めたのち、ワシントンに渡り特派員として活動。1999年には再び日本に戻り、報道2001のキャスターに復帰しています。
報道2001は2008年に「新報道2001」としてリニューアル。黒岩裕治さんはニュース解説を担当しました。
黒岩祐治さんはその後2009年(55歳頃)に番組を降板、フジテレビを退職しています。
神奈川知事 初当選
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フジテレビ退職後は大学院の教授として医療に関する研究をしていましたが、2011年(57歳頃)神奈川県知事選挙に初当選します。
フジテレビ時代にも医療に関して強い発信をしていますし、政界に進出したのも自然な流れかもしれないですね。
いかがでしたでしょうか?今後も黒岩祐治さんの活動に注目ですね。