仙台市長として活動している郡和子さん。
ニュースや記者会見で名前を見て、「何者なの?」「市長になる前は何をしていた?」「出身高校や大学はどこ?」と気になった方もいるのではないでしょうか。
郡和子さんは、東北放送のアナウンサーから政治家に転身し、衆議院議員を4期務めた後、仙台市長になった人物です。
2017年に市長へ就任し、2026年10月現在は3期目を務めています。
この記事では、郡和子さんのwiki風プロフィールや経歴、出身高校・大学などの学歴を、政治家になるまでのエピソードとともに紹介します。
郡和子は何者?wiki風プロフィールを紹介
郡和子さんは、宮城県仙台市出身の政治家で、現在の仙台市長です。
名前は「こおり かずこ」と読みます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 郡和子 |
| 読み方 | こおり かずこ |
| 生年月日 | 1957年3月31日 |
| 年齢 | 69歳(2026年10月現在) |
| 出身地 | 宮城県仙台市 |
| 最終学歴 | 東北学院大学経済学部卒業 |
| 現在の役職 | 仙台市長 |
| 市長としての期数 | 3期目 |
| 趣味 | スポーツ観戦 |
| 座右の銘 | 誠実・果敢 |
仙台市の公式プロフィールでは、好きな食べ物として塩辛や今朝採り枝豆、仙台市の好きな場所として秋保大滝や定禅寺通を挙げています。
放送・国政・市政の3つの分野を経験
郡和子さんの経歴を理解するうえでポイントになるのが、放送局、国会、仙台市役所という異なる場所で働いてきたことです。
最初の仕事は東北放送のアナウンサー。その後、2005年に衆議院議員となり、2017年から仙台市長を務めています。
市長になる前から国政に携わっており、国会議員時代には震災復興に関わる政務官も経験しています。
郡和子のwiki経歴を年表で紹介
まずは、郡和子さんの主な経歴を時系列で見ていきましょう。
| 年月 | 主な経歴 |
|---|---|
| 1979年3月 | 東北学院大学経済学部を卒業 |
| 1979年4月 | 東北放送に入社 |
| 1997年4月 | 東北放送の解説委員に就任 |
| 2005年4月 | 東北放送の報道制作局部長に就任 |
| 2005年9月 | 衆議院議員に初当選 |
| 2009年8月 | 衆議院議員に2回目の当選 |
| 2011年9月 | 内閣府大臣政務官、東日本大震災復興対策担当大臣政務官・宮城現地対策本部長に就任 |
| 2012年2月 | 内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官に就任 |
| 2012年12月 | 衆議院議員に3回目の当選 |
| 2014年12月 | 衆議院議員に4回目の当選 |
| 2017年8月 | 仙台市長に就任 |
| 2021年8月 | 仙台市長2期目 |
| 2025年8月 | 仙台市長3期目 |
出典:仙台市、指定都市市長会、女性首長によるびじょんネットワークの公開プロフィール。
大学卒業後、すぐに政治の道へ進んだわけではありません。放送局で長く経験を積んでから国政に入り、さらに地方行政へと活動の場を広げています。
郡和子の学歴は?出身高校・大学を紹介
郡和子さんの学歴について、選挙ドットコムの人物紹介では、長町小学校、秋保中学校、宮城県第二女子高等学校、東北学院大学経済学部の卒業が紹介されています。
ここでは、出身高校と大学を詳しく見ていきます。
出身高校は宮城県第二女子高等学校
郡和子さんの出身高校は、宮城県第二女子高等学校です。
現在の宮城県仙台二華高等学校につながる学校で、学校側の沿革によると、2010年4月に男女共学・併設型中高一貫教育校の仙台二華中学校・高等学校が開校しています。
そのため、出身校が「仙台二華高校」と紹介される場合もありますが、郡和子さんが通っていた当時の校名は「第二女子高等学校」です。
現在の校名と在学当時の校名を分けると、学歴を正確に把握できます。
出身大学は東北学院大学経済学部
郡和子さんは、高校卒業後に東北学院大学へ進学し、1979年3月に経済学部を卒業しています。
学部については、仙台市や指定都市市長会の公式プロフィールでも確認できます。
また、母校の広報誌「GROWTH No.32」では、東北学院大学出身者として初めて仙台市長になった人物として紹介されました。
大学時代は経済学部の女子学生が少なかった
東北学院大学の広報誌に掲載された対談では、学生時代について本人が振り返っています。
当時の経済学部は女子学生が少なく、授業の場所が変わった際に、周囲の男子学生が声をかけてくれることもあったそうです。
また、学生同士で教員の自宅を訪ねる機会もあり、学生と教員との距離が近かったことを、大学時代の思い出として語っています。
こうした本人の発言からは、卒業した大学名だけではわからない、当時の学生生活の様子もうかがえます。
郡和子の経歴①東北放送のアナウンサーとして活動
郡和子さんは大学卒業後の1979年4月、東北放送に入社しました。
政治家に転身するまで、約26年間にわたり放送の仕事に携わっています。
ニュースキャスターを18年間担当
局アナnetのインタビューによると、郡和子さんは18年間ニュースキャスターを担当しました。
アナウンサーは子どもの頃から希望していた職業だったといいます。
ニュースを伝える一方で、ドキュメンタリーの企画・取材・制作にも取り組み、担当作品には民間放送連盟賞優秀賞やギャラクシー賞選奨などの受賞歴があります。
解説委員から報道制作局部長へ
東北放送では1997年4月に解説委員となり、2005年4月には報道制作局部長に就任しています。
アナウンサーとしての出演だけでなく、報道や番組制作の分野で役職を務めた経験もありました。
そして、報道制作局部長に就任した2005年に、衆議院議員選挙へ挑戦することになります。
郡和子の経歴②なぜアナウンサーから政治家になった?
郡和子さんが政治の世界へ進んだ背景には、取材を通じた市民活動との関わりがありました。
本人によると、市民活動を行う人たちとの交流から、女性の政治参加の必要性を感じていたそうです。
ただ、当初から自分が政治家になると決めていたわけではなく、放送の仕事にも取り組みたいことがあったと語っています。
転機は、選挙への出馬を勧められたことでした。
人々の声を政策に反映する仕事が、自分のやりたいことに近いと考え、出馬を決断したと説明しています。
国政に進んでからも学び直しを経験
母校の広報誌では、政治家になってから改めて学ぶ必要性を感じたことにも触れています。
郡和子さんは、衆議院議員になった後、税の仕組みを勉強するために、財務省出身の大学教員を訪ねた経験を紹介しています。
大学で学んだ後も、仕事で必要となった知識を身につけ直していたというエピソードです。
郡和子の経歴③衆議院議員として4期活動
郡和子さんは2005年の衆議院議員選挙に、当時の民主党から立候補して初当選しました。
その後、2009年、2012年、2014年にも当選し、衆議院議員を4期務めています。
| 当選年 | 衆議院議員としての期数 |
|---|---|
| 2005年 | 1期目 |
| 2009年 | 2期目 |
| 2012年 | 3期目 |
| 2014年 | 4期目 |
「4期」とは当選を重ねた回数を示しており、在職期間が4年間という意味ではありません。郡和子さんの場合は、2005年から2017年に市長へ転じるまで、約12年間の国政経験があります。
東日本大震災後は復興に関わる政務官を務めた
国会議員時代の主な役職として挙げられるのが、震災復興に関わる政務官です。
2011年9月には、次の役職に就いています。
- 内閣府大臣政務官
- 東日本大震災復興対策担当大臣政務官
- 宮城現地対策本部長
2012年2月からは、内閣府大臣政務官と復興大臣政務官を兼務しました。
公開されている略歴には、震災ボランティアや宮城復興局などの担当が記載されています。地元・宮城の復興に関わる役職を経験した後、仙台市政に活動の場を移しました。
郡和子の経歴④2017年に仙台市長へ初当選
郡和子さんは、2017年7月23日投開票の仙台市長選挙で初当選しました。
無所属の新人候補として立候補し、16万5452票を獲得。他の新人3候補を破っています。
この選挙では、民進党県連や社民党が支持し、共産党・自由党が支援しました。
市長選ではいじめ問題や復興への対応を訴えた
2017年の市長選では、いじめ問題への対応や教育改革、被災地支援、心の復興などを訴えていました。
国会議員時代の復興に関わる経験に加え、仙台市内の教育や暮らしの課題にどう対応するかが、選挙で掲げたテーマでした。
初当選後、2017年8月に仙台市長へ就任しています。
郡和子の現在は?仙台市長3期目
郡和子さんは、2021年の再選を経て、2025年に3回目の当選を果たしています。
2026年10月現在は、仙台市長として3期目です。
2025年の選挙では支持の構図にも変化
2025年の市長選について、東日本放送は、自民党を軸に立憲民主党、公明党などの市政与党4会派が郡和子さんの選挙戦を支えたと報じています。
2017年の初当選時と比べると、市議会で支える側の構図にも変化があったことがわかります。
そのため、郡和子さんの政治的な経歴を見る際は、国会議員時代の所属政党と、市長選で支持・支援した政党や会派を分けて確認すると整理しやすくなります。
現在はどのような政策を掲げている?
郡和子さんの公式サイトでは、子どもの学びや成長の支援、地域企業の応援、観光を中心とする交流人口の拡大、災害に強いまちづくりなどが掲げられています。
また、大学をはじめとする地域の知識や人材をまちづくりに生かすこと、東北全体の発展を支えることも政策の方向性として示されています。
教育・子育てだけでなく、地域経済や観光、防災などを含む市政運営に取り組む立場です。
郡和子の経歴・学歴に関するよくある疑問
郡和子の名前の読み方は?
「こおり かずこ」です。「郡」という名字を「こおり」と読みます。
郡和子は元アナウンサー?
東北放送の元アナウンサーです。ニュースキャスターや番組制作を経験し、解説委員、報道制作局部長も務めました。
郡和子の出身高校は仙台二華高校?
在学当時の校名は宮城県第二女子高等学校です。現在の仙台二華高等学校につながる学校で、2010年に男女共学・併設型中高一貫教育校へ移行しました。
郡和子はいつから仙台市長を務めている?
2017年8月からです。2021年に2期目、2025年に3期目を迎えています。
まとめ
郡和子さんは、東北放送でのアナウンサー・報道の仕事を経て国会議員となり、その後、仙台市長へ転じた政治家です。
学歴は宮城県第二女子高等学校から東北学院大学経済学部へ進学。卒業後に東北放送へ入社し、長年にわたって放送の現場で活動しました。
政治家としての大きな転機は、2005年の衆議院議員初当選と、2017年の仙台市長初当選です。
現在は市長3期目を務めており、放送・国政・地方行政という3つの分野を経験してきた人物といえます。
参考資料
- 仙台市「市長プロフィール」
- 指定都市市長会「仙台市長」
- 東北学院大学「GROWTH No.32」
- 局アナnet「郡和子さんインタビュー」
- 選挙ドットコム「郡和子氏の人柄・学歴・経歴は?」
- 宮城県仙台二華中学校・高等学校「歴史」
- 東日本放送「仙台市長選挙 3選を果たした郡和子氏の選挙戦を振り返る」
- 郡和子公式サイト

