映画監督や俳優として活動してきた榊英雄(さかき ひでお)さん。
映画『VERSUS -ヴァーサス-』への出演や、『捨てがたき人々』『誘拐ラプソディー』などの監督作品で知られています。
2026年11月には、準強姦罪に問われていた裁判で最高裁が上告を棄却し、懲役8年の実刑判決が確定することになったと報じられ、改めて注目を集めました。
そんな榊英雄さんについて、「どんな経歴の人物なの?」「学歴は?」「なぜ映画監督になったの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、榊英雄さんのwiki風プロフィールをはじめ、出身地や学歴、俳優から映画監督になった経緯、代表作品、現在の状況まで詳しくまとめています。
榊英雄のwiki風プロフィール
まずは、榊英雄さんの基本的なプロフィールを確認してみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 榊英雄(さかき ひでお) |
| 生年月日 | 1970年6月4日 |
| 年齢 | 56歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 長崎県福江市(現在の五島市) |
| 身長 | 178cm |
| 血液型 | A型 |
| 職業歴 | 俳優・映画監督・脚本家 |
| 俳優デビュー | 1995年 |
| 商業映画監督デビュー | 2007年 |
| 主な出演作品 | 『この窓は君のもの』『VERSUS -ヴァーサス-』など |
| 主な監督作品 | 『誘拐ラプソディー』『捨てがたき人々』『アリーキャット』など |
榊英雄さんは、長崎県の五島列島にある福江島の出身です。
1995年に俳優としてデビューし、その後は映画やテレビドラマで活動。2000年代には映画監督としても作品を発表するようになりました。
俳優と監督の両方を経験していることが、榊英雄さんの経歴における大きな特徴です。
榊英雄の経歴を時系列で紹介
榊英雄さんは、最初から映画監督を目指して活動していたわけではありません。
まず俳優として芸能界に入り、出演作品を重ねる中で映画制作にも携わるようになりました。
①長崎県五島市出身!大学進学を機に福岡へ
榊英雄さんは1970年6月4日、長崎県福江市(現在の五島市)で生まれました。
出身地の福江島は、長崎県西部に位置する五島列島の主要な島の一つです。
榊さんは地元で育った後、大学進学を機に福岡へ移り住んだとされています。
福岡ではディスコでアルバイトをしていた経験があり、そこでダンスに興味を持つようになったそうです。
その後はヒップホップダンスにも取り組み、ダンスに打ち込む日々を送っていたと紹介されています。
俳優としてアクション作品に出演するようになる以前から、身体を使った表現に親しんでいたことがうかがえます。
②1995年に映画『この窓は君のもの』で俳優デビュー
榊英雄さんが芸能界入りしたのは1995年です。
古厩智之監督の映画『この窓は君のもの』で主演を務め、俳優としてデビューしました。
この作品では、ギプスをした高校生のタロー役を演じています。
榊さんはオーディションに合格したことをきっかけに出演の機会を得たとされており、最初の映画出演から主演を務めたことになります。
もっとも、デビュー後すぐに順調な俳優生活を送れたわけではなかったようです。
その後もさまざまな映画に出演しながら、俳優としての経験を積んでいきました。
③『VERSUS -ヴァーサス-』への出演で注目される
榊英雄さんの俳優としての転機となった作品の一つが、北村龍平監督の『VERSUS -ヴァーサス-』です。
同作は2000年に製作されたアクション映画で、海外でも注目を集めました。
榊さんは主演を務め、迫力のあるアクション演技を披露しています。
その後も北村監督の作品に出演し、映画『ALIVE』『あずみ』『荒神』などに参加しました。
こうした作品を通して、アクション映画を中心に俳優としての知名度を高めていきます。
④2007年に映画監督として商業デビュー
俳優として活動していた榊英雄さんですが、やがて映画監督としての仕事にも取り組むようになります。
1996年には自主映画『“R”unch Time』を監督した経歴があり、映画制作への関心は俳優デビューから比較的早い時期に芽生えていたことがわかります。
その後、撮影現場で助監督を経験するなど、映画制作の実務にも携わりました。
そして2007年、映画『GROW -愚郎-』で商業映画監督としてデビューします。
2008年には『ぼくのおばあちゃん』、2010年には『誘拐ラプソディー』を監督。
俳優活動を続けながら、映画監督としても本格的にキャリアを築いていきました。
⑤『捨てがたき人々』が東京国際映画祭に出品
榊英雄さんの監督作品として特に知られているのが、2014年公開の映画『捨てがたき人々』です。
同作はジョージ秋山さんの漫画を原作とした作品で、主演を大森南朋さんが務めました。
第26回東京国際映画祭のコンペティション部門に正式出品され、国際的な映画祭でも紹介されています。
さらに、第9回KINOTAYO現代日本映画祭では批評家賞を受賞しました。
榊さんはその後も『木屋町DARUMA』『アリーキャット』『生きる街』など、さまざまな映画の監督を務めています。
榊英雄の学歴は?出身高校や大学を調査
榊英雄さんの学歴についても気になるところです。
出身高校はどこ?
榊英雄さんは長崎県五島市の出身ですが、出身高校の正式な学校名については、今回確認した信頼できるプロフィール資料では特定できませんでした。
五島市出身という情報は確認できますが、特定の高校に通っていたと断定するには根拠が不足しています。
出身大学はどこ?
榊英雄さんは、大学進学をきっかけに長崎県の福江島から福岡へ移ったと紹介されています。
大学卒業後に上京したという経歴も伝えられています。
ただし、大学名や学部については確かな情報を確認できませんでした。
福岡で学生生活を送っていたことは経歴上の特徴ですが、具体的な大学名については不明とするのが正確です。
榊英雄が俳優から映画監督になった理由は?
榊英雄さんが監督業に進んだ背景には、俳優として活動する中で自ら作品を制作しようと考えたことがあったようです。
俳優デビュー後、出演の機会に恵まれない時期があり、女優の片岡礼子さんから、自分で脚本を書いて監督すれば主演することもできるという趣旨の助言を受けたと伝えられています。
その後、1996年に自主映画を制作し、映画監督としての第一歩を踏み出しました。
さらに、映画の撮影現場で助監督として経験を積み、2007年の商業監督デビューにつながっています。
つまり、俳優として活動する中で映画制作にも関心を広げ、自主映画や現場経験を経て映画監督になったというのが、榊英雄さんの経歴です。
榊英雄の代表的な出演作品・監督作品
榊英雄さんは1995年から映画やテレビドラマに出演し、監督としても複数の作品を発表してきました。
主な映画出演作品
| 作品名 | 公開年 |
|---|---|
| この窓は君のもの | 1995年 |
| 犬、走る DOG RACE | 1998年 |
| 白痴 | 1999年 |
| VERSUS -ヴァーサス- | 2001年 |
| ALIVE | 2003年 |
| あずみ | 2003年 |
| 2つ目の窓 | 2014年 |
| くちびるに歌を | 2015年 |
| Zアイランド | 2015年 |
| パーフェクト・レボリューション | 2017年 |
特に『VERSUS -ヴァーサス-』は、榊さんの俳優としての経歴を語るうえで重要な作品です。
そのほか、テレビドラマ『ロクヨン』や大河ドラマ『西郷どん』などにも出演していました。
主な映画監督作品
| 作品名 | 公開年 |
|---|---|
| GROW -愚郎- | 2007年 |
| ぼくのおばあちゃん | 2008年 |
| 誘拐ラプソディー | 2010年 |
| 捨てがたき人々 | 2014年 |
| 木屋町DARUMA | 2015年 |
| トマトのしずく | 2017年 |
| アリーキャット | 2017年 |
| 生きる街 | 2018年 |
榊英雄さんの監督作品には、人間ドラマからアクション、社会的なテーマを扱った映画まで幅広いジャンルがあります。
俳優としての経験を重ねながら、監督としても複数の作品を手がけていたことがわかります。
榊英雄の現在は?2026年に懲役8年の実刑判決
榊英雄さんの現在について、2026年11月5日に大きな動きが報じられました。
榊さんは、2015年から2016年にかけて、当時20代だった女性俳優2人に対して性的暴行を加えたとして、準強姦罪に問われていました。
報道によると、映画監督という立場や演技指導の機会を利用し、計5件の犯行に及んだと認定されています。
裁判の経緯を時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2015~2016年 | 後に裁判の対象となった事件が発生 |
| 2022年 | 複数の女性俳優による告発が週刊誌で報じられる |
| 2026年3月6日 | 東京地裁が懲役8年の判決 |
| 2026年7月 | 東京高裁が一審判決を支持 |
| 2026年11月4日 | 最高裁が上告を棄却する決定 |
| 2026年11月5日 | 懲役8年の実刑判決が確定することになると報道 |
榊さん側は裁判で無罪を主張していました。
しかし、東京地裁は監督と俳優の立場の差を悪用した犯行だと判断し、懲役8年の判決を言い渡しました。
二審の東京高裁も一審判決を支持。
さらに2026年11月4日付で、最高裁第2小法廷が榊さん側の上告を棄却しました。
これにより、懲役8年の実刑判決が確定することになりました。
かつて映画監督や俳優として活動していた榊英雄さんですが、現在はこうした裁判の結果によって注目を集めています。
なお、2026年11月6日時点で、今後の芸能活動再開について確認できる具体的な発表はありません。
榊英雄のwiki経歴まとめ
今回は、榊英雄さんのwiki風プロフィールや経歴、学歴、俳優・映画監督としての活動について紹介しました。
榊英雄さんの経歴を振り返ると、次のことがわかります。
- 1970年6月4日生まれで、長崎県五島市出身
- 大学進学を機に福岡へ移り、ダンスにも取り組んでいた
- 1995年に『この窓は君のもの』で俳優デビュー
- 『VERSUS -ヴァーサス-』などへの出演で注目された
- 2007年に『GROW -愚郎-』で商業映画監督デビュー
- 『捨てがたき人々』は東京国際映画祭のコンペティション部門に出品された
- 2026年11月、最高裁が上告を棄却し、懲役8年の実刑判決が確定することになった
榊英雄さんは俳優として芸能界に入り、映画監督としても作品を手がけてきた人物です。
一方で、2026年には重大な刑事事件について実刑判決が確定することになり、その経歴は改めて注目されています。
今後の動向についても、確認できる事実に基づいて情報を更新していきます。